Claude同士に“市場”を作らせた。
難しかったのは「交渉」ではなかった
201人の社員をClaudeエージェントが代理し、 本を売買するように交換・交渉。 Anthropicの実験で見えてきたのは、 AI代理人時代の最大の課題が 「相手を説得する力」より「本人を理解する力」かもしれないということでした。
Project Swapとは?
Project Swapは、 AIエージェントが 人間の代理として市場へ参加した時に 何がうまくいき、 何が壊れるのかを調べるAnthropicの実験です。
Anthropicにとっては、 AIエージェント同士が実際の商品を売買した 「Project Deal」に続く 2回目の市場実験です。
今回は評価をしやすくするため、 商品を「本」に統一しました。
201人の社員をClaudeが代理
実験には San Francisco、 New York City、 London、 Seattle、 Washington DC、 Dublinの 6拠点から201人が参加しました。
参加人数は拠点によって異なり、 San Franciscoが115人、 New Yorkが57人、 Londonが12人、 Seattleが8人、 Washington DCが6人、 Dublinが3人でした。
Dublinは市場規模が小さすぎるため、 Anthropicは多くの分析から除外しています。
最初にClaudeが「あなたの好み」を聞き出す
参加者はまず、 どんな本が好きなのか、 この夏にどんな本を読みたいのかを Claudeへ説明しました。
Claudeはその短い会話をもとに、 各市場に存在するすべての本について 「この人がどれくらい読みたがるか」 という順位を作ります。
この好みの推定には Claude Fable 5 が使われました。
一方で、 正解データを作るため、 参加者自身にも10冊を順位付けしてもらっています。
エージェントには この本人作成のランキングは見せていません。
Claudeは5分程度の会話で61%一致
Claudeが作った本のランキングと、 参加者本人が作ったランキングを比較すると、 2冊ずつの組み合わせで 61%の割合で順位が一致しました。
ランダムに選べば50%です。
本の人気度だけで予測すると約53%、 公開データを使った協調フィルタリングでは約55%でした。
でも61%は「完璧な代理人」には遠い
61%は、 わずかな会話だけで 個人の好みを推測した結果としては 一定の精度があります。
しかし、 本人の代わりにお金を使い、 契約し、 予約し、 交渉するAIを考えると、 39%の不一致は無視できません。
実験の中央値では、 参加者が入力したのは 8メッセージ・216語ほどでした。
Anthropicは、 より多くの情報を提供した人ほど Claudeに正しく理解される傾向も確認しています。
150語ではなく約300語書くと、 pairwise agreementが 約4ポイント改善すると推定されています。
Claude同士の取引はどう行われた?
各エージェントは 本人が持ってきた本を1冊所有した状態で trading floorへ入ります。
目標は、 本人がより読みたい本へ 交換することです。
取引フロア上のメッセージと交換履歴は すべて参加エージェントに公開されました。
エージェント同士は、 時間制限を利用した圧力、 本の受賞歴のアピール、 ライバル商品の比較、 待機リスト、 仲介役など、 さまざまな交渉戦術を自然に使いました。
「自分だけ勝て」と「全員を幸せに」の違いも検証
各市場では、 エージェントの半数を ruthless、 残り半数を prosocial としてランダムに割り当てました。
ruthless側は 「自分の担当者へ良い本を取ること」が唯一の目標。
prosocial側は同じ目標に加えて、 「他の参加者にも良い本が行き渡るようにする」 という副目標を与えられました。
しかし実験では、 こうした指示の違いよりも どのモデルを使ったかの方が 取引結果へ大きく影響 しました。
強いモデルほど市場全体も効率化
Anthropicは 実際のtrading floorをもとに、 利用モデルや指示を変えて 何十回も再実験しました。
その結果、 市場の交渉成果に大きな影響を与えたのは 「ruthlessかprosocialか」より モデル性能でした。
より強いモデルで構成された市場ほど、 参加者全体の好みを満たす 効率の高い交換結果へ近づきました。
意外な結論:問題は「交渉」より「情報」だった
Anthropicが最終的に強調しているのは、 エージェントが交渉できなかったことではありません。
むしろエージェントは 取引そのものを比較的うまく進めました。
市場全体が理想的な結果に届かなかった主因は、 各エージェントが担当する人間について 十分な情報を持っていなかったこと でした。
参加者は受け取った本に平均7.2 / 10
本を受け取ってから約3週間後、 Anthropicは参加者へアンケートを実施しました。
回答者の平均満足度は 10点満点中7.2。
約半数は、 普段自分で選ぶ本より 良かったと答えています。
さらに「年間の本代30%をClaudeへ任せてもいい」
Anthropicは、 同様のAIエージェントへ 年間の書籍購入予算を どの程度任せてもよいかも尋ねました。
平均回答は 約30%。
比較として、 自分の好みを知る 読書好きの友人へ任せる割合は 平均約40%でした。
つまり参加者は、 AIに対して 「信頼できる友人」の約4分の3ほどの予算を 任せてもよいと回答したことになります。
実はリアル側でも問題が起きた
興味深いのは、 AI市場の仕組みより 物理的な本の受け渡しで トラブルが起きたことです。
一部の参加者が 本を持ってこなかったり、 交換棚から本がなくなったりしました。
Anthropicには pick-upやdrop-offを追跡する 仕組みがなかったため、 誰の責任なのか確認できないケースもありました。
本の交換程度なら大問題にはなりません。
しかし実際の市場なら、 「商品が届かなかったら誰が責任を取るのか」 「AIが間違った契約をしたら取り消せるのか」 といった 市場ルールが不可欠になります。
AI代理人が市場へ入る未来
AnthropicがProject Swapで見ているのは、 本の交換そのものではありません。
将来的には、 AIエージェントが 人間に代わって 日常的な交渉や取引を行う可能性があります。
これまで人間が 「面倒だから諦めていた交渉」を AIが常時代行できれば、 成立しなかった取引が 成立する可能性があります。
OmochiX視点:AI代理人の本当の難しさは「あなたを理解すること」
Project Swapで面白いのは、 AI同士の高度な交渉が 一番の問題ではなかったことです。
エージェントは 交換提案を出し、 他のAIを説得し、 複数者を仲介することさえできました。
それでも最終結果を制限したのは、 「この人は本当は何を望んでいるのか」 という最初の情報でした。
これは将来のパーソナルAIにとって 非常に重要です。
予約や買い物程度なら、 少し好みを外しても 大きな問題にはならないかもしれません。
しかし、 仕事の選択、 金融、 契約、 医療、 大きな買い物まで AIが代理するようになれば、 61%の理解では足りません。
次のAI競争では、 「どれだけ賢く交渉できるか」だけでなく、 ユーザーの好み、 価値観、 制約、 優先順位を 長期間どこまで正確に理解できるか が大きな差になります。
AIエージェント時代の 本当の資産は、 モデル性能だけでなく “User Model” になる可能性があります。
まとめ
Anthropicは2026年9月24日、 Claudeエージェント同士に 人間の代理として本を交換させる Project Swapを公開しました。
実験には6拠点・201人の社員が参加。
短いヒアリングから Claudeが推測した本の好みは、 本人のランキングと book pair単位で61%一致しました。
取引自体は比較的うまく行われ、 指示内容より 利用モデルの能力差の方が 市場効率へ大きく影響しました。
一方で、 理想的な結果を制限した最大の要因は 交渉能力ではなく 人間について持っている情報の不足 でした。
参加者の本への平均満足度は7.2 / 10。
また平均参加者は、 年間の書籍予算の約30%を 同様のAIエージェントへ任せてもよいと回答しました。
AIエージェントが 人間の代わりに市場へ参加する未来では、 交渉能力以上に 「本人の意思を正しく代理できるか」 が重要になりそうです。
一次情報
Anthropic Economics・2026年9月24日
Anthropic公式研究を見る →